20年以上前に私がインプラントに携わるきっかけとなった患者さまの現在〜歯と健康寿命〜
日本人の健康寿命と寿命には大きな開きがある。
平均寿命は男性が約80.98歳、女性は87.14歳。私たちの寿命は延び続けています。
それに比べて健康寿命は男性が72.14歳、女性が74.79歳と言われています。
つまり実際の寿命と、元気で自立して過ごせる期間、いわゆる健康寿命との間には大きな開きがあります。
*厚生労働省「平成28年簡易生命表」、「第11回健康日本21推進専門委員会」資料より
「健康寿命を伸ばすためには70歳までに歯のことをちゃんとしておかないといけない。」
そう思ったのは実は20年以上も前のこと。
私が初めてインプラント治療を行った、70歳の女性の患者さまがとても大切なことを教えてくれました。
「私は入れ歯なんて絶対にイヤ!まだ自分のはで噛みたいし、元気でいたいんです。」
20年前、まだ私が勤務医だった頃、ある患者さまの治療を受け持ったところひどく虫歯が進行していて、歯は長くは持ちそうにありませんでした。
当時は入れ歯やブリッジの時代。インプラント自体は存在しましたが、インプラントがどのくらい持つのかというエビデンスも少なく、患者さまでその存在を知っている人はほとんどおらず治療の選択肢の中にはない時代でした。
当然のように私は入れ歯を提案しましたが、患者さまには受け入れてもらえませんでした。
「私はこんな入れ歯なんて絶対にいや!入れ歯だと美味しく食べれないし、外して洗ったりとかいやだ。」
そしてしばらくすると、患者さまからインプラントはできないか?という話をいただきました。スマートフォンもなければネット自体あまり普及していない時代に、患者さまご自身で調べてきたのです。
私は正直に「うちの医院ではやっていない」と伝えましたが、患者さまは諦めませんでした。
そして当時まだ若手だった私に「なぜ、インプラントの経験もない私に治療をお願いしたのか?」とも聞きました。
すると、「先生は熱心で真面目に取り組んでいる。インプラントはどの先生もまだほとんど経験していない治療です。それなら小島先生にお願いしたい。」ということをおっしゃってくれました。
最終的には患者さまの熱意がきっかけで私は転職することになりました。もっと最先端の治療を知っておくべきだと思ったこともありますが、「この患者さまをなんとかしてあげたい」という気持ちが強かったからです。
インプラントの技術を高めるには、インプラントだけの知識では足りない
幸い、私の近くにインプラントの権威の先生がいらして勉強しながら働かせてもらいました。ただインプラントの手術が出来れば良いというものではありません。咬合的(噛み合わせをよくする)な改善も学びました。
咬合再構成というのを深く学んだのもこの頃です。虫歯や歯周病で一度噛み合わせのバランスを失うと歯磨きやフロスを頑張ってもお口の中は崩壊していきます。ひどい方は顎の関節や肩こりなど体の至る箇所にまで悪影響を及ぼします。それを根本的に治すには虫歯、歯周病、補綴、インプラントなど総合的な治療が必要でした。
もちろん歯の寿命を長くするためには、壊れないものを入れないといけません。これは素材だけの問題ではなく噛み合わせがきちんとしていると20年以上経っても大きく壊れることはありません。
当時はインプラントを入れてもよく壊れるという話がありました。それが理由でインプラントは本当に良いものなのか?という噂もあったほどです。
もちろん今でもある話ですが、その理由の多くはただインプラントを入れるだけで口腔ケアや噛み合わせを加味していないケースです。いかに噛み合わせが重要なのかを学んだ時期でもありました。
最終的に当時の院長先生に協力いただきながら女性の患者さまのインプラントをすることができました。私にとっても初めてのインプラント治療の経験です。
90歳になった患者さまからの言葉
「この歳になって改めてあの時(20年前に)にインプラントをして良かったと思う。一番はなんてったって、いまだに食べ物が美味しく食べられること。
70歳当時に、部分入れ歯を入れたことがありました。その時は本当にしんどかった。好きなものは食べられないし、大好きだったゴルフもやめてしまった。でもインプラントにしてから歯を食いしばる動作ができるようになって、なんとゴルフも再開。結局80歳くらいまでやっていました。
当時インプラントを10本やってからはほとんど歯を失わずに、今でも10本以上歯が残っています。」今もメンテナンスに通院してくださっている女性の患者さまからの嬉しいお言葉です。
インプラントをして20年以上経っている患者さま受け持っている自信
技術革新は日進月歩です。歯科治療もどんどん新しい技術や素材が生まれます。しかし、新しいものはその後の経過(エビデンス)が少ないのも事実です。
しかし、この女性の患者さまのおかげでインプラントに関しては20年以上経ってもお口の健康はもちろん、元気でいてくれることで私自身大きな力になっています。
そしてこの経験を基に、新しい技術や設備が生まれると論文を見ることはもちろん時には海外にまで足を伸ばしたりして、患者さまの歯と体の健康につながる治療を取り入れていく活動を行っています。
噛み合わせが変わることのリスクと、ちゃんと噛めることの重要性
歯の治すところが多い方は、噛み合わせが変わってきます。しかし、脳が前の噛み合わせを覚えているから調整ができていないとうまく噛めなくなります。
医療の現場でも咀嚼(そしゃく:食物をかみくだくこと)がいかに大事かと言うことがわかっています。
咀嚼することによって唾液も分泌され、脳が活性化されることで痴呆も遅れる。噛むということより唾液による自浄作用によって虫歯にもなりにくい。また唾液は消化にも良いので胃腸の障害も出にくい。さらにしっかり噛めると踏ん張れることで、運動も行いやすく、結果的に全身への影響もあります。
うまく噛めなくなると他の歯にもどんどん悪い影響を及ぼします。働き盛りの方は、虫歯が治れば一旦それで治療が中断してしまいます。それはある意味仕方のないことかもしれません。しかし60歳を超えたあたりで色々治療が重なってきた時に、大掛かりな治療が必要になる方が多くいます。一度50歳〜60歳くらいでしっかり歯と健康のことを考えて見直していくのは重要です。
健康な方は単なる虫歯治療で終わらない
嬉しいことに、当院に長く通ってくださる方は歳を重ねても元気な方が多いです。
これは単なる虫歯治療やインプラントのお話ではなく、患者さまのご自身の歯と健康に対する意識の高さが伺えます。
そんな患者さま方と長く付き合えて本当にありがたい限りです。
美味しく食事をとりつづけられる。やはりこれが健康の源です。
当たり前のことが徐々にできなくなってきた時に後悔しないしないように心がけていただけると幸いです。
人生100年時代。歯から皆様の健康と豊かな人生を支える、そんな歯科医師であり続けたいと思います。